技術屋かずのつれづれ日記

自分が体験したことで、ほかの人にもお勧めしたいことを書いていきます

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2014年02月

自分の働き方を見つめ直そう! 堀江貴文(著)『ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく』

今日ご紹介するのは堀江貴文さんの新刊?『ゼロ───なにもない自分に小さなイチを足していく』です。




ホリエモンこと堀江貴文さんをご存じない方はいませんよね?

いろんなことで世の中を騒がせた方ですからね。



でも、その堀江さんが、これまでに50冊以上の本を書かれていたとは、私は知りませんでした。

それなのに、この本『ゼロ───なにもない自分に小さなイチを足していく』が私が初めて読む堀江さんの本でした(;^_^A





それでは今回も私が付せんを貼った箇所からいくつかご紹介します。

159f483a.jpg





まずは、この本の中で私がいちばん衝撃を受けたこの部分

 これからの自分がどんな働き方を選ぶのか、もう一度真剣に考えてほしい。それは自分の生き方を選ぶことに直結する。人は飯を食うために働くのではない。働くことは生きること。僕らは、自らの生を充実させるために働くのだ。 (P157)


「働くことは生きること」ですよ!

まさかあのホリエモンからこんな言葉が聞けるとは思っていませんでした。


この文章を読むまでは私のホリエモンに対するイメージは、

金の亡者、お金を稼ぐことや自分の名前を売るためにはどんなことでもする

といった、完全に悪いイメージしかありませんでしたからね(;^_^A


でも、なぜ堀江さんが「働くことは生きること」という考えを持っているのか?

この前の部分を読むと、その理由もわかるのと思います。

本書を読んで、ぜひ確認してほしいです!





次はこの部分

(ページとしては、こちらの方が前なのですが、「働くことは生きること」があまりにも衝撃が大きかったので、それを最初に紹介しました)

 チャンスの見極め方がわからない?

 桃と葉っぱの見分けがつかない?

 僕に言わせると、その発想がすでに「ノリの悪さ」を表している。チャンスを見極める目なんて、必要ないのだ。少しでもおもしろいと思ったら、躊躇せず飛込む。そうしないと、せっかくやってきたチャンスは流れる桃のように過ぎ去ってしまう。 (P101)


「チャンスの神様は前髪しかない」と言いますからね。

後になって、「あれがチャンスだったのか」、と思ってももう遅い。通り過ぎてからでは捕まえられないということ。

この本でたとえられているのは、桃太郎の桃ですけど。


だから、面白そうとか、少しでも興味を持ったら、とりあえずやってみる。

やってみて、つまらないとか、大変だから続けられない、と思えば、その時点でやめればいい。


”やった”というのは事実だし、経験として残りますから。

経験していれば、他人にも話せるしね。



食べ物で考えた方がわかりやすいかな??

食わず嫌いな料理を出されたとき、

・それをチャンスだと思って、とりあえず1口かじってみるのか?

・最初っから嫌い!と決めつけて口にも入れないのか?


どっちの人がチャンスをつかみやすいか、考えるまでもないですよね。

かじってみて、やっぱりきらい、と思えばそこでやめる、という選択肢もありだと思いますけど。



というのは簡単だけど、じゃあ、なんでも挑戦しているか?と聞かると、全然そんなことはありません、という返事になってしまいそうですが...(;^_^A





それから、これ

やりがいとは「見つける」ものではなく、自らの手で「作る」ものだ。そして、どんな仕事であっても、そこにやりがいを見出すことはできるのだ。 (P123)


それから、同じ項のこの部分

 仕事とは、誰かに与えられるものではない。紙袋折りのような単純作業でさえ、自らの手で作っていくものなのである。 (P126)


いろんなビジネス書で、どんな単純な作業でもゲーム感覚で楽しむ方法を考えなさい、と書かれていますよね。

この本で紹介されている堀江さんが刑務所内でやらされたときのエピソードは、まさにそんな感じです。

どうやったらたくさん折ることができるようになるのか?それを考えてやってみる。

そして何度も改善してたくさん折れるようになる。


私もそうですが、数字で示されると競争したくなりませんか?

作った数を競うのであれば、昨日10個だったら今日はもっと作りたい!って。

時間を競うのであれば、昨日は5分だったけど、今日は4分30秒にしよう!って


改善するために自分の頭を使って考える。

そうすることが「作業」を「仕事」に変える方法の1つでもあるのでしょう。



私も日々の仕事の中にも「何でこんな単純作業をしなきゃいけないの?」と思うこともあります。

そういう時は、いやいややっているから効率も悪く時間がかかってしまうんですよねぇ...(;^_^A


日々なんとなくこなしてしまっている「作業」を楽しい「仕事」に変えるにはどうしたらいいのか?

そんなことを考えてみたくなりました。


全ての作業を一度に仕事に変えることはできなくても、どれか1つの作業でも仕事に変えられるような工夫をしてみたいと思います!





次はこれ

……それでも、これといったアクションを起こさないのは、なぜか?

 理由はひとつしかない。

 最初っから「できっこない」とあきらめているからだ。

 やってもいないうちから「できっこない」と決めつける。自分の可能性にフタをして、物事を悲観的に考える。自分の周りに「できっこない」の塀を築き、周囲の景色を見えなくさせる。

 だからこそ、次第に「やりたいこと」まで浮かんでこなくなるのだ。欲望のサイズがどんどん小さくなっていくのである。

 逆にいうと、「できっこない」という心のフタさえ外してしまえば、「やりたいこと」なんて湯水のようにあふれ出てくるのだ。 (P133)


仕事があるから……

お金がないから……

結婚して家族がいるから……

…………

私もたくさんのできない理由を挙げているような気がします。


何かの本を読んだとき、

「どんな車が欲しいですか?」と聞かれたら、たいていの人は

「ベンツかな?BMWがいいかな?スポーツカーもいいけど…」と1台を探そうとする。

でも、1台だけ選べとは誰も言ってないんですよね。

質問は「どんな車が欲しいか?」だから、何台選んでもいい。

普段乗るのはベンツだけど、1人でドライブするならスポーツカーで、キャンピングカーもいいな~とか...

5台も10台も言えるような人になりたいですね。


知らず知らずのうちに自分で自分にはめてる足枷を外して自由に考える時間も持ちたいと思います。





最後はこれ(おまけです(;^_^A)

 友達の多くは地元の国立、九州大学への進学を考えている。「九大」といえば、九州でいちばんのエリートコースだ。でも、僕にとってはぜったにありえない選択肢だった。もしも九大となれば、またも実家からの通学を強制される可能性がある。

 かといって、わざわざ大阪や名古屋をめざす気にもなれない。

 やはり、行くとなれば東京だ。 (P73)


私も九州の人間なので、この感覚はよくわかります。

私自身は九州大学に進学しましたが、でも、就職するときには実家から通えるところは考えなかったし、大阪や名古屋という選択肢もなし。最初っから東京行きしか考えてなかったですね。

それは私の大学時代の友達も同じじゃないかな?だって、かなり多くが東京に出てきていますからね。


本書には、この部分以外にも小中高を過ごした八女や久留米の話も出てくるのですが、どちらも私の実家と大学時代を過ごした福岡の中間あたり。

何度も通ったことがある場所です。出身地が近い、ということで私は親近感を覚えてしまったのかもしれません。





まとめ

この本で堀江さんが伝えたかったこと、それは、この本の帯にも書かれていますが

『「働くこと」と「希望」について。』

特に「働くこと」だと思います。

だって、本書の最終ページがこれ↓ですからね

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本文中でも紹介しましたが、

「働くことは生きること」

この文章がいちばん伝えたかったことなんじゃないかな?と私は思います。


今の働き方でいいんだろうか?と疑問を持っている人はもちろん、なんの疑問もも持たず、ただなんとなく働いている人にも読んで欲しい1冊です。




感想

最初にも書いたとおり、本書は私が読んだ初めての堀江さんの著書でした。

この本を読むまでは、彼に対して全くいいイメージがなかったのですが、すっかり変わってしまいました。

なぜあそこまでメディアを騒がせたのか、騒いでしまったのか。

そして、メディアから伝わってくる情報に、どれだけ私たちが影響されているのかということも痛感しました。

メディアが伝えていることはすべて正しい、と自分の思考を停止させて鵜呑みにするのではなく、本当にそうなのか?根拠はあるのか?と、自分の頭で考え、広く情報を集めることも必要なんだということも感じました。



山田ズーニーさんの著書『あなたの話はなぜ「通じない」のか』の冒頭に

「何を言うか」よりも「誰が言うか」が雄弁な時がある


と書かれていますが、そのことを痛感した気がします。



それから、堀江さんの他の著書も読んでみたくなりました。

まずはこの本で紹介されていた『稼ぐが勝ち~ゼロから100億、ボクのやり方~』からですね。





ここに書ききれなかった引用や引用に対するコメントはメディアマーカーにも書いていますので、そちらもいっしょに見ていただければありがたいです。






最後にお友だちが書いた記事も紹介します。いっしょに読んでいただければ、と思います

ぷぅコッコの一期一会 【読書めも】ゼロ

THE ONE NIGHT STAND~NEVER END TOUR~ 【読書】ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく/堀江貴文












いっしょに読みたい本(「ハマる」ことの参考になると思います)









ピンで生きる人は「大樹」のような人 久米信行(著) 『ピンで生きなさい -会社の名刺に頼らない生きかた-』

「ピンで生きる人」といったら、どんな人を想像しますか?

この本のタイトルのように「会社の名刺に頼らない生きかた」などと言われたら...


私は、

人に頼らず自分ひとりの力で生きている人,一匹狼的な人

というイメージを持ったのですが、みなさんはいかがでしょうか?



では、この本に書かれている内容は、というと……。

まずは目次を見てみてください。

    目次


    まえがき


第1章 ピンで生きるとは

     1 ピンで生きる人は、会社でも能力を発揮する

     2 ピンで生きる人は、会社を愛し己を大切にする

     3 ピンで生きる人は、看板に頼らず、自らが看板となる

     4 ピンで生きる人は、社内で群れず、仕事を通じて師匠を探す

     5 ピンで生きる人は、肩書で人とつきあわない

     6 ピンで生きる人は、リストラは自分事だと覚悟している

     7 ピンで生きる人は、チームの力を最大限に引き出す

     8 ピンで生きる人は、誰に対しても威張らず腰が低い


第2章 ピンで生きる人の心構え

     9 ピンで生きる人は、何をやっても喰っていけることを知る

    10 ピンで生きる人は、レールから外れてもわが道に光ありと信じる

    11 ピンで生きる人は、学歴にも学閥にも頼らない

    12 ピンで生きる人は、脳のパラボラ力を磨く

    13 ピンで生きる人は、心のズーム力を自在に使う

    14 ピンで生きる人は、人生の合鍵をたくさん持つ

    15 ピンで生きる人は、ゆらぎの中でいい塩梅で生きる

    16 ピンで生きる人は、三振を恐れず打席に立ち続ける

    17 ピンで生きる人は、身を助ける芸を持つ


第3章 ピンで生きる人のたしなみ

    18 ピンで生きる人は、ご縁を大切にしてネットワークを広げる

    19 ピンで生きる人は、自分とは正反対の人ともつきあう

    20 ピンで生きる人は、縁と恩をないがしろにしない

    21 ピンで生きる人は、価値観の違う人との化学反応を楽しむ

    22 ピンで生きる人は、まずは「ひと様のために」を優先する

    23 ピンで生きる人は、ご縁を自分のためではなく、人のために使う

    24 ピンで生きる人は、本業以外の人と有機的につながる

    25 ピンで生きる人は、なんでも面白がり、「道楽者」を目指す


第4章 ピンで生きることが辛くなったとき

    26 ピンで生きる人は、孤独と孤立の違いを知っている

    27 ピンで生きる人は、健全なる体を保つためにリラックスする

    28 ピンで生きる人は、狂信力と継続力で幸運を引き寄せる

    29 ピンで生きる人は、変化や逆境を味方にする

    30 ピンで生きる人は、「打たれてなんぼ」、多少の失敗は関係ない

    31 ピンで生きる人は、「すべてはダメ元」から始める


    あとがき


どうですか?

3や4,9~11などは、人に頼らずひとりで、という感じもしますが、

でも、18~23なんて、どうでしょう??

縁を大切にするとか、ご縁を人のために使うとか、最初に想像した「ピンで生きる人」のイメージとは全く違うのではないでしょうか。



ではこの本の中から、私自身も会社の名刺に頼らずに生きていきるようになるために実践したいと思ったこと,こんな風になりたい、と思ったことを紹介しますね。

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まずはこれから

「3 ピンで生きる人は、看板に頼らず、自らが看板となる」より

 ピンで生きる人が目指すべきゴールのひとつは、すべてのお取引先から「◎◎社の〇〇さんですね」ではなく、「〇〇さんのいらっしゃる◎◎社ですね」と言ってもらえることだ。最初の出会いの時こそ名刺の力=会社の看板を利用してもいいが、やがては自らが看板になるのだという強い意志が必要だ。

 ところが、多くの人は会社の看板やブランドに頼り切って、自らをブランド化しようとしない。特に、ブランドのある大企業に勤める人ほど、会社のブランドを自分のブランドと勘違いしがちである。だから、自分を磨き、自分を売り込む努力を怠りがちなのだ。 (P26)

この「◎◎社の〇〇さんですね」と言われたくないというのは、私がブログ始めたり、社外の勉強会や講演会に参加し始めた理由でもあります。

「かずさんのいらっしゃる◎◎社ですね」とまでは言ってもらえなくても、仕事以外の部分では会社とは関係のない1人の人間として付き合っていける仲間が欲しかったから...。


ブログを書き始めてすぐの頃に「今週のお題 『私がブログを始めた理由』」と言う記事を書いているのですが、そこにもこんなことを書いています。

仕事だけでなく、プライベートでの付き合いでも名刺(職場のしかもっていないので)を出しても

『△△会社のかず』

なんですよ。。。。


自分の名前の前に会社の「看板」がかかっている。。。。

本名フルネームでGoogleで検索しても出てくるわけないし。。。。

だから『俺って、なんなんだろ??』って。。。。

その時に、「もうブログ始めるしかない!」と思いました。


だから始めた理由は『「かず」という人間がいることを知って欲しかったから』です。

この時の気持ちは今でも変わってないです。

だから、こういうタイトルの本はつい手に取ってしまうのです。


でも、こういう活動をしているということは少しは、自分を磨いたり、自分を売り込む努力をしてると考えていいのかな??





次はこの部分

「10 ピンで生きる人は、レールから外れてもわが道に光ありと信じる」より

 ピンで生きられる人は、レールから外れることを恐れない、厭わない。それどころか、時にはわざとレールから外れてみるのである。

 なぜなら、ピンで生きる人は、レールに乗り続けることは安全どころか、時に危険であることをよく知っているからである。

 レールに乗るというと、いかにも安定して楽ができるように思えるだろう。しかし、そのレールが快適で快速であればあるほど、自分たちが向っている先がどこだろうと気を払わなくなる。自分で行先を決めたり選んだりする機会が奪われ、やがて何も決められない人になってしまう。このままいつまでも気持ちよく走っていられると錯覚してしまうので、危険を察知する能力も薄れていってしまう。日本のエリートのお家芸=問題先送りの構造である。 (P76)

この文章を読んだら、川上徹也さんの著書『明日、会社がなくなっても、自分の名前(ちから)で勝負できますか?』で紹介されていた缶コーヒーのCMのコピーのことを思い出していました。そのコピーはこれ↓

(朝の通勤電車。車掌のアナウンスが聞こえてくる)


車掌    「えー、全国のボス一歩手前のみなさま。

       終身雇用行き年功序列線にご乗車

       まことにありがとうございました」


乗客1   「ありがとう」

乗客2   「ございました??」


車掌    「この電車は時代の急速な変化のため、

       急きょ行先が不透明になってまいりましたので

       勝手ながら次の駅で実力主義線に乗り換えになります」

乗客3   「実力主義線?」

乗客4   「そんなの聞いてないよ~」

乗客5   「もう少しでボスになれるのに~」


ナレーション 缶コーヒーも実力主義の時代へ

        ボス サントリーから


車掌    「(笛とともに)早く降りてくださーい!」


レールに乗るのがいけないわけではない。

でも、

それがどこに向かっているのか?

そのまま乗り続けていていいのか?

ということは常に考えて,感じていなければいけないことだと思います。


変化が激しい現代、自分が勤める会社がこの先どうなるかなんて、誰にもわかりませんからね。


そういう考えがあれば、『6 ピンで生きる人は、リストラは自分事だと覚悟している』に書かれているように

ピンで生きられる人にとって、リストラが起こるような状況は、必ずしも悲観すべき危機ではない。むしろ、自分が磨いてきた能力や築いてきた社内外のネットワークを活かして、大きく飛躍できる好機となる。 (P50)

とも受け取れるのでしょう。


どこに行っても活かせる能力,ポータブルスキルを身につけておく必要があるのですね。





最後にこれ

「18 ピンで生きる人は、ご縁を大切にしてネットワークを広げる」より

 ピンで生きる人は、何よりご縁を大切にする。

 一人で生きていける雑草のような逞しさだけでは、ピンでは生きていけない。過去の修羅場を通じて、ご縁のありがたさを痛いほど胸に刻んでいる。

 ひときわ高く自立する大樹になるためには、その大きさにふさわしい広がりと深さで地中の隅々まで根を張らなければならない。ただ、根を張るだけでは不十分である。土の中の水分や養分を吸収するためには、数えきれないほどの微生物や虫たちの力を借りなければならない。子孫を残すべく受粉して種を遠くに運ぶ時にも、自ら歩けない大樹は、鳥や虫たちの力を必要とするのである。

 雄々しく育つことができた大樹ほど、枝も根も張り出している。いつしか、多くの生き物と共生して、有機的な「命のネットワーク」の中心になっている。自分ひとりではできないことを、相互に助け合うネットワークの力で解決しているのである。そのかわり、無数の命を守るために、ある時は強い日差しや水分の蒸散を防ぎ、ある時は自ら餌になる。一見すると、ピンで生きているように見える大樹は、もはや1本の木でなない。小さな宇宙を支えつつ、同時に自らも支えられる命の基盤、インフラなのである。

 だから、真にピンで生きる人は大樹のようである。自然に多くの人物が集まってくる。それもピンで生きる人たちが集まってくる。本来ならピンでも生きられる自立した逞しい人たちが、なぜか、大樹を慕い大樹に学び、大樹のために生きたいと願うのだ。いつか自分も大樹となる修行も重ねつつ。 (P134)

どんな大樹であっても自分一人の力で大樹になれたのではない。

大樹が数えきれないほどの微生物や虫たちの力を借りて成長できたように、人もたくさんの人の力を借りて成長できるのだから、そのことをきちんと理解して、他人に感謝する必要があるのですね。

また、それだけの恩を受けたのだから、その人たちに恩返しをするとともに、年長者から自分が受けた恩を次の世代にもつないでいく、恩送りしていくことも大切なのですね。


私自身、「この木何の木気になる木」ほどの大樹にはなれないと思いますが、街中の歩道に植わってる街路樹ぐらいにはなりたいですね(笑)

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感想

この記事の冒頭にも書きましたが、私は、

「会社の名刺に頼らずピンで生きる人」とは、「人に頼らず自分ひとりの力で生きている人,一匹狼的な人」

と思っていたのですが、この本を読んだら、その考え方を完全に覆されてしまいました。


「ピンで生きる人」は「一匹狼」どころか、自分が多くの人に助けられ,支えられて大きくなったことを自覚して、それまで受けた恩に感謝するとともに、その恩を他の人に返していくという、人間的にとてもステキな人だったのです。


ということで、この本は「名刺に頼らず生きていきたい」と思っている人に限らず、自分の世界を広げたいと思っている人,いろんな人と交流したいと思っている人、その他大勢の人にお勧めできる本だと思います。

ぜひ手に取って読んでみてください!



メディアマーカーにはその他の引用も書いていますので、よろしければ、そちらもどうぞ















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