おとといの記事『無知の知』の初めに

最近、心理学やカウンセリング関連に興味があって、そんな本ばかり読み漁っている

と書きましたが、最近読み終えた『新版 カウンセリングの話』に、こんな文章がありました。

ときどき、自分も以前問題を持って悩んでいたことがあるとか、似たような問題ぶつかって解決した体験があるので、その体験を基にして他者の援助に役立てたいというカウンセラー志願の者がいる。

問題を解決したという意味では、カウンセリングを経たと同じ体験をしたことになるが、それだけでは不十分である。

うつ病にかかって、そのことを基ににして精神衛生運動を始めたビアーズと同じく、悩みを持った人のことを、心の内側から理解することができるという点では、そのような悩みを持たなかった人よりずっと理解が容易で、さらに有効な解決法も、自らの体験からよくわかっているということはできよう。

しかし、もしそれが有効であるなら、離婚問題のカウンセリングは離婚経験者でなければできず、子どもの問題を持った母親には、子どもを育てた経験のある女性カウンセラーでなければならないということになり、カウンセラーは何でも体験している必要があるということになるだろう。

それは不可能なことで、逆に、ある体験をしたことによって、似通ってはいるけれど異なった他者の体験をかえって自己流に誤って理解するということも起こりうる。(P187)(文字装飾は管理人)


ということは……

私も自分がうつ病にかかった経験から、
精神的にしんどくなっている人の気持ちを少しでも軽くするお手伝いができないか?
と思っているのですが、自分の体験が仇になることもありうるのですね。

私は無意識のうちに
自分はこうだから相手もそうなんだ!
と決めつけた発言をすることも多いから気をつけなければいけないな~
それこそ、「無知の知」が大切なんだ。
と思ったのでした。


では、どうすればいいのか?
何をベースに考えればいいのか?

上で引用した文章に続いて、こんなことが書かれています。

自分自身の成長や、問題解決のプロセスを吟味し、自らがそれらを体験的に乗り越えるという教育分析や自己分析を通して、人間の問題解決のプロセスやその重さを実感することが必要なのである。

したがって、大切なことは、同じ問題や、似たような悩みの体験ではなく、人間の悩みや問題解決のプロセスの体験だといえよう。 (P188)


悩みの体験そのものではなく、どうやってその悩みを解決したのか、そのプロセスの体験が大事なのですね。
といっても、それも自分の体験じゃないの?
とも思ってしまったのですが(;^_^A


自分の体験を語る場合には
こんな方法もあるけど、それは一例に過ぎない
という気持ちでいることが大切なのでしょうね。

そして、その人に合った解決方法をいっしょに見つけていく。
自分に合う方法は本人がよくわかると思うので、それに気づくヒントを出せるようになれたらいいな~





最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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